2018年11月05日

法医学教室の夕べ

先日、法医学者の高木徹也先生の講演を拝聴し、なかなか興味深い内容だったのでご報告します。高木先生は東京都のご出身で、杏林大学で法医学を学び都内を中心に活躍されていました。法医学は医学の分野としては応用医学に分類され、一般にはTVドラマのように刑事事件で検死をする医師という認識でしょう。

実際には法医解剖(行政、司法、承諾、新法など)、鑑定業務(刑事・民事事件の生体鑑定、CT画像鑑定、文書鑑定、親子鑑定、個人識別鑑定など)、証人業務(警察や検察庁での意見聴取、裁判証人出廷)などの実務に加え、教育者として大学、警察・法曹関係、医療関係者、専門学校(葬儀・医療関連各種)、保険会社などにおける講義及び指導を受け持っています。さらに研究も行なっていて、主なテーマは死因究明手技の開発、死因別統計の解析、アルコール・薬物中毒の研究、死亡画像診断、法律の整備などで、また様々な臨床応用、社会応用にも貢献しています。例えば、かつて交通事故での運転手の死因には肝破裂、大動脈破裂が多く、その原因が衝突時に運転席のハンドルが胸腹部に損傷を与えるためと突き止めました。こうしてエアーバッグが開発され運転手の生命が守られるようになりました。応用医学である法医学の面目躍如といったところでしょう。

このように法医学は広範囲な役割を持つにもかかわらず、全国で150〜170人程の法医学医師がいるのみで全く数が足らず、中には県内に一人のみという危機的な地域もあります。法医学の医師不足ではどんな時に困るでしょう?それは大規模な事故・災害の時です。東日本大震災発生時、警察庁から高木先生に直ぐに応援依頼があり、その際約2千人の死者の見込みと聞かされました。翌日覚悟して仲間の先生達と被災地行きの機動隊バスに乗り込むと、死者は2万人を上回ると告げられました。驚愕し半信半疑の気持ちで出発しましたが、すぐ現実を知ることになりました。さすがに警察は正確な情報をいち早くつかんでいました。被災地入りした高木先生は、石巻を拠点に50件/日のペースで検死していました。同時期に気仙沼では何と100件/日のハイペースでした。なお、宮城県としてこの検死を外部応援に頼り切った訳ではなく、県内各所の被災した医師も医師会と連携してできる限りを行ないました。
東北6県は元々医師不足であり、震災前に医学部定員拡大の議論が起こっていました。従って震災後、東北復興を目的に特例措置として医学部新設が閣議決定され、東北医科薬科大学が誕生したことは当然の流れといえましょう。そして、高木先生が新設医学部の法医学教授に就任したことも運命的といえましょう。今まで仙台に縁のなかった高木先生ですが、定年までの10数年はこの地で法医学に情熱を注ぐと決意を述べましたので、身体に気をつけて頑張って欲しいと思うばかりです。

先生が宮城で仕事を始めて気になることがあります。それは、東京都と比較して覚醒剤中毒と小児虐待の発生率が高いことです。原因についてはまだ良くわかっていません。その覚醒剤中毒ですが、逮捕された容疑者は頑として容疑を否認するのが通例です。理由は単純で、初犯は執行猶予が付くのに対し再犯は実刑だからです。しかし、しぶとい常習者でも法医学医師の前に立たされると、つい本音が出てしまい、「これでバレる」と漏らすそうです。すかさず警察が「バレるとはどういう事だ‼︎」と怒鳴り上げると、しぶしぶ自白するそうです。そして、生体鑑定として上肢の皮静脈に沿って胼胝(タコ)があれば古い注射痕、点状出血があれば2〜3日以内の覚醒剤使用なので、これを確認し裏をとります。さて最近増えているのが、お酒に睡眠薬を混入して失神させ、暴行・強盗などの犯行に及ぶ犯罪です。これは、被害者がいわゆる酒豪の場合はコップ1杯の水割りで失神するのはいかにも不自然です。この矛盾に対して、実際の状況を再現し被害者に水割り(もちろん薬物混入なし)を飲んでもらうのが法医学の手法です。当然酒豪なので、何杯飲んでも顔色ひとつ変わりませんから、この実験結果が証拠となります。まだまだ裏の話がありますが、紙数も尽きたので今回はここまでとします。
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2018年09月17日

亜鉛の散歩道

亜鉛が足りないと元気が無くなる、この知識が広まり亜鉛サプリを利用している方も多いと思います。亜鉛欠乏の症状は多彩で、耳鼻科領域では味覚異常、口内炎、免疫機能低下による易感染性が上げられます。乳児の場合、おむつかぶれには亜鉛欠乏が潜在していることがあります。とくに低出生体重児では生まれた時の栄養素の蓄えが足りず、母乳には亜鉛含有量が少ないので皮膚炎を生じやすいです。また学童期の低身長の中で、成長ホルモン分泌不全、染色体異常、その他器質的疾患を除くと、亜鉛欠乏が高頻度で原因になっていると報告されています。高齢者で寝たきりの方や経管栄養や経腸栄養の方では亜鉛摂取量が不足しやすく、褥瘡や認知機能低下の誘因になります。慢性疾患に関しては肝疾患、炎症性腸疾患では亜鉛吸収が低下したり、糖尿病や慢性腎疾患では亜鉛の尿中排泄が増加したりして、いずれも亜鉛欠乏に陥ります。薬剤の中には亜鉛の尿中排泄を促進させる(亜鉛キレート作用)ものがたくさんあります。例えば、甲状腺機能亢進症の薬、パーキンソン病の薬、糖尿病の薬、うつ病の薬、関節リウマチの薬、てんかんの薬など数百種類あります。不規則なダイエットや加齢も体内亜鉛量の低下を進めてしまうため、私たちは亜鉛欠乏から始まり各種疾患へと向かう川の流れにはまっているようなもので、知らぬ間に身体に異変が出てくるかも知れません。

亜鉛はなぜヒトの長い一生の間でかくも全身に影響を及ぼすのでしょうか?この問題について、亜鉛生命医科学で著名な深田教授の講演を聞く機会がありましたのでご紹介します。ヒトの身体は各臓器、感覚器、内分泌系、神経系、骨・軟骨、軟部組織、歯、皮膚、毛髪にいたるまで全身で亜鉛を必要としています。そもそもヒト遺伝子の約10%が亜鉛結合をモチーフにコードされているそうで、全身至る所でたくさんのタンパク質が亜鉛と結合することによりスイッチが入り、生体恒常性を制御しているとも言えます。この亜鉛シグナルが細胞内に伝わる細胞膜の出入り口を亜鉛トランスポーターと呼び、細胞レベルから個体レベルまでの恒常性の制御はもちろん、その他多彩な生理作用を持つことが分かってきました。亜鉛トランスポーターのうち細胞内にシグナルを送る方は14種類ありZIPファミリーと呼ばれ、それぞれ果たす役割が異なります。例えばZIP14は全身の成長、肝臓の糖新生に関わり、ZIP13は骨、歯、結合組織の形成に関与し、ZIP10はリンパ球のB細胞の発生段階に関与し、骨髄性白血病ではZIP10の発現が上昇します。また乳癌でZIP10が高い場合はリンパ節転移しやすいと報告されていますが、逆に乳癌の新たな診断や分子標的治療の開発のアプローチとして注目されています。ちなみにZIP10は毛包(髪の毛根)に多く発現するので、ここに亜鉛シグナルが伝わらないと薄毛になるのでしょうね。

亜鉛の関与する事象は本当に多岐にわたり、このまま研究が進めば、亜鉛をめぐる疾患の診断、治療、予防が急速に進歩し、私たちの生活がより健康的になるのではないかと期待されます。ところで亜鉛の名前は、江戸時代に寺島良安が和漢三才図会で「いまだ何者かを知らず、鉛に類する故に亜鉛と称す」と記したのが由来となっています。何やら印象の薄い名前のせいで損をしていますが、実際には亜鉛が生命維持に必要不可欠の元素であることは見てきた通りです。最後に一つ、卵子に精子が入りこむ受精の瞬間に卵子内の亜鉛濃度が急上昇する現象が蛍光顕微鏡で確認されています。これをZink Spark(亜鉛の花火)と呼び、生命の開始は実に亜鉛の強烈な閃光でドラマティックに幕開けすることを知り、深く感銘を受けた次第です。ネットで検索すると動画で見ることができますのでどうぞご覧ください。
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2018年09月14日

Child abuse

近年、子供の生育環境はゆったりとした希望のあるものから、窮屈で光のささないものへと急速に変化しているのではないでしょうか。ネットやメディアでは教育現場でのいじめ、若い夫婦による幼児虐待の話題が途切れることがないように思われます。先日、仙台市内で子供の虐待対応の第一線で活躍されている先生の講演を聞きました。

虐待には定義があり、1)子供の人権侵害である、2)強者が弱者を力で一方的に支配する構造である、としています。親(保護者)が躾であるとか、自分もそのように育ったからと理由づけしても、暴力で傷つけられるのが当然という子供はいないと断言しています。子供は愛する信頼している親から常習的な虐待を受けていても、「本当は私のことを大好きだから殴るんだ」と自分に言い聞かせます。そう思わずにはいられない、追い詰められた心のただ一つの逃げ道だからです。言葉による虐待も重大で、「お前なんか産むんじゃなかった」「お前は川から拾ってきた」などと残酷な言葉を浴びせられます。幼児ならそのまま信じますので、「僕はいない方が良いんだ」という自己肯定感のない子供へと成長していきます。ネグレクトも深刻な事態を招きます。親は育児を放棄し自分中心の生活を始め、その後本当に子供のことを忘れ家にも帰らなくなり、食事など最低限の世話もしません。その結果、警察が部屋に入った時にはゴミの中に餓死した妹が埋もれ、その隣に死を待つ兄が横たわっていたという事件もありました。ネグレクトをした親は事件後でさえも反省や後悔などの感情に欠けているそうです。

暴力を受けた幼児には体に特徴的な跡が残り、専門家が見ると単なる怪我ではないことが分かります。これをパターン痕と呼び、1)手のひらの跡、2)つねった跡、3)耳を引っ張られることによる耳介の皮下出血、4)棒状の道具で叩くことによる二重線状痕、5)火の点いたタバコによるタバコ痕、6)持ち上げて熱湯につけられたことによる皮膚熱傷の線状の境界、などがあります。これらのリアルな証拠写真の数々に圧倒され、会場はシンと静まり返りました。提示された症例はいずれも典型例でありますが、これを見せられても「確かに悲惨だが自分とは関わりない」という反応が一般的ではないでしょうか。しかし、虐待予備軍というべき家族は多く、社会が関心を高め抑止力を発揮しないと全体的に良くない方向へ進むと考えられます。

講師の先生は指摘していました。親が子供を病院へ連れてくれば、医療の介入を糸口に虐待対策のチームが発動し、包括的かつ持続的にケアするシステムが出来ているので、専門家受診ところまでの過程で医師をはじめ、周囲の普通の人々の「気付き」が大切になります。
posted by ナカバヤシジビカ at 09:51| Comment(0) | 新着情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする