私たちが大きく人類をテーマにする時、ホモ・サピエンスというワードを使います。しかし、人類誕生の歴史をさかのぼると地球上には多くの”人類”が存在していました。約700万年前にチンパンジーの祖先と分岐した猿人が出現し、約200万年前に直立歩行が出来るようになった原人がアフリカに現れ、その後進化の末に約20万年前にホモ・サピエンスが誕生したとされています。ホモ・サピエンスはホモ属で最も新しいので新人と呼ばれますが、それ以前の原人(ホモ・エレクトス)から旧人(ホモ・ハイデルベルゲンシス、ネアンデルタール人)、新人へと進化してきました。その道程は分かりやすいものではなく、分断を含んだ複雑な系統樹にまとめられています。また複数のホモ属が同時期に生存していた証拠が発見され、お互いの関係性、つまり交雑があった事実について研究されています。今までの化石人類学では、発掘される化石人骨の少なさから進化理論は不確かであり、重要な化石の発見があると簡単に仮説が覆される弱点を持っていました。しかし近年、分子生物学的手法の導入により古代DNA研究がすすみ、理論的な補強が出来るようになってきました。
<ミトコンドリアDNA>
私たちの細胞には核DNAとは別に、細胞質にミトコンドリアDNAがあります。これは母親からそのまま受け継がれるので、この遺伝形式を逆にたどると祖先を一本道でたどることが出来ます。手法としては、粉砕した古代骨からDNAを抽出し、コロナでお馴染みのPCR法でDNA量を増幅して次世代シーケンサーでゲノムを調べます。現代人に対してミトコンドリアDNAの系統解析を行うと、人類の共通祖先のDNA配列(塩基配列)を持つアフリカ集団、そこから派生したヨーロッパ集団、アジア集団などのグループに分けられます。化石人類に対しては、世界各地の異なる年代の古人骨からDNAを抽出して、比較・分析することで人類の移動や交雑について確度の高い知見が得られるようになりました。
<核DNA>
ミトコンドリアDNAの解析は祖先をたどる有効な手段ですが、核DNAに比較してゲノム全体に占める割合は極めて低く、つまり情報量が少ないです。そして両親から娘が生まれないと孫に伝達されないので、ここで分断が起きてしまいます。そこで、核DNAを前述の次世代シーケンサーで解析するようになりました。2010年にネアンデルタール人の持つ全てのDNA解読に成功し、それ以来人類集団の成り立ちが活発に議論されるようになりました。ネアンデルタール人は1856年にドイツ、デュッセルドルフ郊外のネアンデル渓谷で発見され、その後ヨーロッパ各地とシベリアで化石が見つかっていて、約4万年前に絶滅したとされています。ネアンデルタール人のDNA解読により、アジア人とヨーロッパ人において約2.5%のネアンデルタール人由来のDNAが混入していることが明らかとなりました。さらにサハラ以南のアフリカ人にはこの混入を認めないでの、ホモ・サピエンスが約6万年前に出アフリカを成した後、初期拡散の過程でネアンデルタール人と交雑したシナリオが考えられています。2010年にシベリアのデニソワ洞窟で出土した指の骨と臼歯のDNAを分析したところ、ネアンデルタール人ともホモ・サピエンスとも異なる別の人類であることが分かり、デニソワ人と名付けられました。このデニソワ洞窟にはネアンデルタール人ばかりかホモ・サピエンスが作った遺物も残っていて、少なくとも3種の人類に利用されていたことから、交雑の事実の証拠といえるでしょう。なお、交雑の時期や回数などは様々な仮説が提出され、まだまだ定説に至っていません。
<クリスパー・キャス9>
ここで以前にもblogにまとめた遺伝子編集の新技術が登場します。ネアンデルタール人とデニソワ人の全ゲノム配列をホモ・サピエンスのものと照合すると、異なる遺伝子が61個見つかりました。その中で神経の発生を調節する遺伝子NOVA1に注目すると、ホモ・サピエンスのNOVA1タンパク質の200番目のアミノ酸がバリンであるのに対して、ネアンデルタール人とデニソワ人はイソロイシンでした。そこでクリスパー・キャス9の技術でホモ・サピエンスのNOVA1遺伝子をイソロイシン型に改変し、iPS細胞に組み入れてみました。そして細胞を培養すると現代人より凹凸が多く、シナプスが少ない脳に似た組織(脳皮質オルガノイド)が育ちました。このオルガノイドの電気的特性を調べたところ、神経活動量は多いものの同調性は低く、ホモ・サピエンスの脳のほうがネアンデルタール人よりも機能的に優れていることが分かりました。
人類の起源はどこから始まり、どのような方向へ進んでいくのか、人類は地球上に長く繫栄できるのか、それとも新しい人類が誕生するのか、誕生するなら一体いつでホモ・サピエンスは共存可能なのか?初期のSF小説のテーマのように多くの疑問がわきますが、これらを空想ではなく科学的に推論できる時代になりました。
本稿は落合陽一氏と篠田謙一先生のYou Tubeの対談に啓発され、篠田先生の名著「人類の起源 中公新書」を読みアレンジしたものです。
posted by ナカバヤシジビカ at 17:02|
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