2019年11月07日

小児がんと耳鼻科医

 耳鼻科にかかる子供さんは多いですが、その中に小児の重大な疾患が隠れていることがあります。今回はそのような話を小児がん専門医の東北大学の新妻秀剛先生からうかがいました。少し専門用語が出てきますがご容赦ください。小児がんの疫学は、国内では年間2000〜2500の患者数であり、宮城県では40〜50人の頻度で決して多いわけではありません。疾患の内訳は造血器腫瘍(白血病、悪性リンパ腫など)が4割、脳脊髄腫瘍が2割(良性腫瘍も含む)、固形腫瘍が3割、その他に免疫不全があります。では、耳鼻科に来るお子さんはどんな症状でしょう。

 まず頸部リンパ節腫脹です。造血器腫瘍の初発症状として多いですが、時に上咽頭腫瘍が紛れています。この腫瘍が進展すると、複視、顔面の疼痛、鼻声、声がれなど多彩な脳神経症状を引き起こします。乳幼児の肉腫がリンパ節腫脹の出現で発見されることもあります。新妻先生の経験された横紋筋肉腫は治療困難でした。後から母方にがん発症に関わる遺伝子異常(p53遺伝子など)があることが分かり、乳児の後を追うように母親が乳がんを発症し不帰の人となった家族もいました。リンパ節腫脹はよくある症状ですが、大きさが2センチ以上で抗生物質などを投与しても縮小せず、2週以上増大傾向が続く場合は生検を検討した方が良いと考えられています。また、FDG−PETで原発部位が判明することも多く、簡単に出来る検査ではありませんが、悪性腫瘍を疑う場合には有用な検査法です。

 次にめまいや頭痛です。就学前の子供はこれらの症状を大人のような原因(末梢生めまい、片頭痛など)で訴えることは少なく、脳腫瘍を疑う必要があります。その場合は脳CTを撮るのですが、幼児では鎮静化しないと検査を受けられません。その鎮静剤の副作用に呼吸抑制やショックなどありますので適応をよく検討した上で検査実施となります。小児の脳腫瘍ではglioma(神経膠腫)が5割、embryonal brain tumor(胎児性脳腫瘍)が2割とされ、その中ではmedulloblastoma(髄芽腫)が最も多いとされていて、かつ悪性度が高い脳腫瘍です。小児脳腫瘍の統計については脳外科医のHPが詳しいので参照して下さい。

 頭部湿疹や外耳道湿疹で頭痛、掻痒、耳漏が治りにくい場合に、特殊な腫瘍が潜在していることがあります。皮膚など外界と接する部位には病原体を認識して周囲の細胞に情報を伝達する働きを持つLangerhans細胞があります。枝を伸ばしたような形で免疫システムの大切な役割を担当していますが、この細胞に似た性質の腫瘍がLangerhans細胞組織球症です。頻度は小児100万人に5人程度で稀な疾患ですが原因がまだ分かっていません。ありふれた症状でも難治生の場合は要注意ですね。

 耳鼻科では日常的に鼻出血の診療をしていますが、中には白血病の初発症状のこともあります。白血病では青あざができる、歯茎から出血する、血痰が出るなど他の出血傾向も伴いますので、その場合はすぐに血液検査を行うべきでしょう。白血病は診断から治療へ移行する期間が短く、現在では完治することが多い疾患なので、診断に至るまでの期間を短縮することがさらに治療成績を向上させます。

 急性中耳炎や副鼻腔炎で炎症を反復し治療が長期化する場合に免疫不全が存在することがあります。厚労省研究班代表の九州大学の原寿郎先生は原発生免疫不全症候群の10の兆候を提唱していますが、その中にこの耳鼻科領域の二疾患が入っています。病原体に対する免疫システムは、細菌、ウイルス、真菌などで異なり、また複雑な免疫システムにおいて免疫不全の原因を解明するのは専門性の高い医療であり、専門医が診断し、治療しなくてはなりません。治療開始が遅れると、免疫不全を背景に重篤な合併症を起こすことがあり、早期発見が大切になってきます。それにはプライマリーケアとしての耳鼻科医の目が必要であり、平凡な診療の中に「気づき」を求められているのでその監視役としての役割は決して軽くはありません。

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2019年07月14日

高齢者のメンタルヘルス

 先日、精神神経学者の浅野弘毅先生の高齢者メンタルヘルスの話を拝聴しました。高齢者をめぐる心の問題は身近で切実な場合が多く、関心の高いテーマですのでご報告いたします。まず、英語のhealthは健康と訳されますが、中国古代「易経」の健体康心が由来で、体が健やかで心が安らかな状態を指しています。つまり、昔から健康には身体ばかりでなく「心」も大切であると説かれているのです。

 高齢者のうつ病ですが、その発症要因には1)脳血流障害、2)身体疾患、3)喪失体験(配偶者の死など)、4)孤独、5)性格傾向(真面目で頑張り屋の良い人)、6)女性に多い(7対3)などがあげられます。うつ病の症状は次の通りです。理由なしに、憂うつ感、悲哀感が起こる。全身倦怠感、違和感を伴い、自発性を失う。朝に中々起きられず、食欲もなく、全てが億劫になる。思考も行動も抑制され、自信を失い無口になり、人を避ける。さらに症状が進むと、睡眠障害、決断力・行動力の低下、笑顔が消え表情が乏しくなります。本当に見ていられないような変化ですね。そして、次第に考え方が悲観的、絶望的になり、些細なことで悲しくなり、他人に迷惑をかけていると思い込みます。例えば、郵便ポストが赤いのは自分のせいであり悪いことをしている、という思考になります。うつ病は食欲不振、体重減少、性欲の減退、頭痛、めまい感、便秘などの体の症状が前面に出ることもあり、体の病気と勘違いされることもあります。うつ病の経過は概して良好ですが、心気症状、強迫症状、統合失調症様症状を帯びた場合や、高齢者や脳動脈硬化症でも病相が長引いて、経過はあまり良くありません。高齢者の特徴は、心気的な訴えが多いことです。例えば、自分が不治の病に侵されていると思い込み、医師や家族をはじめ誰の言葉にも耳を貸さなくなります。また、在業妄想、貧困妄想など正常であれば想像もしない考えに支配されてしまいます。そして、自死を図ることもあります。若い人のリストカットとは異なり、迷いなく確実な方法を取ることが高齢者の自死の悲しい事実です。うつ病の治療には1)休養(仕事や社会活動の停止)、2)薬物療法(高齢者は副作用に注意)、3)日常生活の助言、4)カウンセリング:その内容は「今の状態が病気であり怠惰なためでないことを告げ、休養させ、治療で良くなることを強調し、本人の抱える重大な決断は先送りにする」と要約されます。5)家族の協力:まずは皆で病気を理解し、早く良くしてあげようと周囲が焦るのではなく、本人の意向を重視するという態度で見守ることです。

 次に、認知症のお話です。認知症の出現率は65歳以上の15.7%、462万人に及んでいます。その症状は1)記憶の障害(もの忘れ):新しい記憶が障害され、古い記憶は保たれる、2)見当識の障害:時間、場所、人物の順で障害される、3)判断力の低下:例えば道に迷っても、人に尋ねたり交番に行ったりという解決法を取らず、ひたすら歩き回る、4)日常生活に支障を来している、などにまとめられます。これらを中核症状と呼び程度の差はあれ患者さん全てにみられ、背景に神経細胞の脱落に伴う能力の喪失があります。そして中核症状の辺縁には様々な行動・心理症状があります。妄想、幻覚、睡眠覚醒リズム障害、食行動異常、抑うつ、不安・焦燥、介護抵抗、暴言・暴行・攻撃性などに分類されます。介護抵抗に関しては、例えば何のために連れてこられたか分からずに、知らない人に衣服を剥がされ浴槽につけられようとすれば、誰でも必死で抵抗するでしょう。認知症ではこの反応が毎回起きてしまうのです。このように多彩な行動・心理症状ですが、出現しない人もいて個人差が大きいです。
 ここで認知症とうつ病の違いを見ていきましょう。まず性格ですが、うつ病が真面目な方が多いのに対し、認知症は一定しません。本人へ症状の質問をすると、うつ病ではくどく過大で答えるまで時間がかかるのに対して、認知症は症状を軽く言ったり否定したりして、深く考えずに即答します。時には面白い言い訳を言ったりします。「今日は何月何日ですか」という質問に「今朝は新聞読まなかったから分からない」などとかわします。そして、認知症には身体症状の訴えは少なく、自死傾向も非常に少ないです。認知症の見分け方に簡単な2つの質問があります。それは、生年月日と自分の年齢を言ってもらうことです。生年月日は古い記憶なので保持されますが、年齢は毎年増えるので間違いやすく、これが不正解ならば認知症を疑うことになります。
 認知症は原因別に分類され、アルツハイマー型認知症は最も多く66%を占め、高齢、女性が危険因子となっています。2位が血管性認知症で20%を占め、高齢、男性、脳血管障害・高血圧症・糖尿病などが危険因子です。3位はレビー小体認知症で6%程度であり、転倒しやすいなどパーキンソン症状が特徴です。さて治療ですが、薬物療法単独では有効とはいえず、非薬物療法(回想法や音楽療法など)や適切なケアも取り入れています。認知症は予防が有効であり、アメリカ国立衛生研究所が推奨しているのは、1)2型糖尿病のコントロール、2)高血圧と脂質異常症の改善、3)望ましい体重の維持、4)社会交流と知的活動、5)運動の習慣、6)果実と野菜の多い健康的な食生活、7)禁煙、8)うつ病の治療(合併している人で)、になります。

 認知症の人は知的機能の統合する「私」が次第に崩れつつある中で、懸命に不自由を乗り越えようとしています。昨年11月に日本認知症ワーキンググループが認知症本人による「認知症とともに生きる希望宣言」を発表し話題になりました。そして法整備(認知症の人基本法)に向けて、安部首相との懇談も行い、認知症の人の人権の明記と社会の中でより良く暮らせる条文の制定に取り組んでいるところです。
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2019年06月30日

声がおかしい

 音声障害には声がれ(嗄声)をはじめ、高い声が出ない、大きな声が出ない、声が震えるなど様々な症状があります。声が出るしくみですが、まず喉は口から食道へ続く嚥下のルートであり、同時に鼻・口から気管、肺へ続く呼吸のルートでもあり、両者交差している部分が喉頭です。喉頭の最も大切な機能はこの二つのルートの分離維持、つまり飲食物が気管内に誤嚥しないように交通整理をすることです。人類は進化の過程で石器を作り食物を食べやすく加工できるようになりました。同時に集団化による仲間とのコミュニケーションのために言語を操るようになると、それまでと比べて歯と顎が縮小し、喉頭が下がりその上部の咽頭に長い空間ができました。喉頭の中には一対のヒダがあり、このヒダが声帯です。軽く閉じた声帯の間を空気が通るときに声帯が振動し、音が出ます。この時の声帯の閉じ方、緊張の違いにより音の強さ、高さを変え、長くなった咽頭、舌、唇、歯、鼻を使って共鳴させることで声となります。このように声帯は喉頭に付属した構造物で、まだ完成されたものではないので音声障害を生じやすいという考え方もあります。
 さて、日常診療でよく見られる疾患を紹介しましょう。まず、声の多用や乱用による声帯への刺激により、声帯粘膜の血液循環が不良となり出血やむくみ(浮腫)が形成される隆起性病変を声帯ポリープと呼びます。薬物療法、ネブライザー療法、発生指導などで改善しない場合はラリンゴマイクロ手術が必要となります。
喉頭ポリープ.jpg

 同じく声の多用による刺激で、振幅が最も大きくなる声帯中央部に上皮の肥厚と粘膜浮腫を起こしてできる突起を声帯結節と呼びます。こちらも喉に力を入れない滑らかな話し方などの音声治療、薬物療法などを行い、改善傾向のない症例では切除を行います。声の多用は職業(保育士、店員、歌手)、趣味(カラオケ、長唄)などの他、子供でも絶えずおしゃべりをする子は声帯結節になりやすく、別名学童結節とも呼ばれています。なお、喫煙は増悪因子ですので喫煙者には禁煙を勧めています。
声帯結節2.jpg

 
 こればかりではなく、様々な原因で音声障害が起こり、その治療法も進歩し特に手術療法は近年に急速に発展してきました。次回はその続きを話したいと思います。
posted by ナカバヤシジビカ at 18:38| Comment(0) | 新着情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする