2022年01月23日

痛みの脳への伝達

 慢性痛には感覚面と感情面の成分があることが分かりました。警告システムとして機能している痛みがどのように伝達・認知されているのか、今回も伊藤誠二先生の著書から学んでいきたいと思います。皮膚、筋肉、内臓からの情報を集める神経細胞(ニューロン)は背骨の後ろ側出口付近にある後根神経節にあります。ニューロンは核があり蛋白質を合成する細胞体、他のニューロンから情報を受け取る樹状突起、受け取った情報を次のニューロンに伝達する長い軸索で出来ています。後根神経節細胞は細胞体から出た軸索がすぐに2つに枝分かれし、一方は皮膚、筋肉、内臓まで長く伸びて情報を集め、他方は隣の脊髄へ情報を伝えます。
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 脊髄内でニューロンを変えて脊髄後角から出た神経繊維は脊髄の正中を超えて反対側後方を脳へ向かって上行します。脊髄に続く脳幹には、延髄、知覚と運動機能を統合する小脳の出入り口にある橋(きょう)、そして中脳に分けられます。脳幹に続く間脳には視床と視床下部があり、視床は感覚情報の大脳皮質への中継地です。視床下部はストレスに関係するホルモン分泌や痛みに伴う血管収縮、拍動、発汗などを制御します。
 大脳皮質は大脳表面を覆う1枚の灰白質で、ニューロンが層状に配置された構造を成し、前頭葉、後頭葉、側頭葉に分けられます。大脳皮質には決まった感覚情報を処理する体性感覚野、運動野、視覚野、聴覚野などの部位、意思決定や運動行動を制御する前部前頭野をはじめ、複雑な脳の統合機能に関係する連合野と呼ばれる部位があります。大脳半球内部には左右をつなぐ脳梁を取り囲んでいる大脳辺縁系と呼ばれる構造体があります。大脳辺縁系には記憶形成に関係する海馬、恐怖や情動表現に関係する扁桃体が存在します。さて、脊髄内を上行する神経繊維は視床に到達する感覚ー識別を行う外側系、痛みに伴う感情ー認識を行う内側系の二経路があります。この経路の違いを示す例として、脳梗塞により体性感覚野に障害を受けると痛みの部位や性質を言い表すことが出来ず、はっきりしない不快感を覚えます。また、前頭葉の切断術(ロボトミー)を行うと、痛みを感じてもそれによる苦しみ、悩みはなくなります。このように痛みの感覚面と感情面では、脳への伝達路と到達点そのものが異なっているのです。
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2022年01月09日

慢性痛はなぜ起こる

 慢性痛を起こす代表は腰痛で、日本人の4人に1人が経験しているとされています。腰痛の中で重いものを持ち上げた時に激痛が走る急性腰痛(ギックリ腰)はしばしば経験されるものですが、その原因は神経の圧迫・断裂や炎症反応、疲労の蓄積にあります。画像検査で異常がないことが多く、再発を繰り返す場合は腰痛を専門とする医師の診断・治療が必要でしょう。慢性腰痛で多いのが、脊髄の通り道が狭くなる脊柱管狭窄症や椎骨が圧迫骨折を起こす骨粗鬆症です。強い腰痛を起こしますが、診断がつけば標準化された治療法があります。ところが、検査で異常がみつからない慢性腰痛も存在し、腰に負担がかかる宅配業や介護職では特に多いです。様々な治療が行われていますが、最近の脳の研究では、腰痛への不安、人間関係の悩み、ストレスの蓄積など心の問題も関わっていることがわかり、認知行動療法が取り入れられるようになりました。
 痛みの受容の面から見ていくと、やけどや切り傷、炎症反応、手術侵襲、急性腰痛などは侵害受容性疼痛であり、そのまま急性痛に分類され原因は分かりやすく治療で改善していきます。一方、怪我による神経損傷、脊髄損傷、脳血管障害後に生じる痛み、帯状疱疹後神経痛は神経障害性疼痛であり、慢性痛へ移行するリスクがあります。慢性痛に陥る場合は、原因が多彩かつ複雑なため治療困難になることも少なくありません。

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 慢性痛に至る要因は上図のようにまとめられます。
1)原疾患の再発・進行による身体機能低下、2)治りにくい状況への負の心理反応、3)内向き志向・活動低下・不眠などの行動反応、4)対人関係の不調による家庭や職場でのストレス
 これらが相互に作用しつつ慢性痛を誘導し、さらに長期化、難治化へと進んでいくので、症状に目を向けるばかりではなく心理的、社会的背景も含めた全人的医療が求められます。国内のアンケート調査では、慢性痛に対して80%の患者さんが痛みゼロ・軽減を期待していますが、日常生活の改善を望んでいる方は5.7%だけでした。これは大変示唆に富んだ結果といえ、痛みゼロを目標にするのではなく、生活上何が出来るようにしたいのか目標を具体化することが、QOLの改善になり満足感も得られ現実的なのです。しかし慢性痛は悩ましい症状ですので、その前段階である侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛を治療することがベストであるのは間違いありません。このように痛みには感覚面と情動・感情面の二面性があり、大脳でどのように認識されているのか興味深いところです。次回は痛みの伝達と認知のメカニズムを紹介したいと思います。
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2022年01月04日

「舌の先が痛いのです」

 痛みは病院を訪れる患者さんの中で最も多くみられる症状です。耳鼻咽喉科領域は痛みを引き起こす感覚が特に鋭敏であり、急性痛も慢性痛もあり、感染などによる炎症由来、神経由来などもあります。慢性痛として時々遭遇するのが舌を中心にした口腔内の疼痛です。好発年齢は60代以降で女性に多いのが特徴です。この痛みの原因として舌咽神経痛や三叉神経痛が否定されれば、舌痛症として対応することになります。舌痛症は口腔所見にあまり問題がなく、痛みがピンポイントで出現し、時には顎下部や頚部など周囲に放散したりします。一般に鎮痛剤はあまり効果がなく、何とか改善したと思っても再発しやすいなど治療に困ることが多いです。その原因は特定しづらく、心理的要素、自律神経の働きとの関わりが深いので、治療には多角的なアプローチが必要となります。
 そもそも局所に出現する痛みのメカニズムはどのようなものでしょうか。痛みの研究で知られる関西医大名誉教授、伊藤誠二先生の著書から学んでいきたいと思います。ヒトの感覚には視覚、聴覚、味覚、嗅覚の他に痛さ、温かさ、冷たさ、痒みなど皮膚、筋肉、内蔵で生じる感覚を一括した体性感覚があります。体性感覚では刺激に応答するための受容器が全身にくまなく分布していて、皮膚、内臓、筋肉から得られる感覚をそれぞれ外受容、内受容、固有知覚の三つに分類しています。外受容には痛さ、温かさ、冷たさ、圧力に対して、侵害受容器、温受容器、冷受容器、機械受容器が対応しています。これらの受容器は皮膚に分布していますが、指先や口唇では密度が高く、背中やお尻では密度が低くなっていて、生命活動の必要に応じて感度を変えています。受容器からの感覚情報は感覚神経を経由して脊髄に送られ、大脳皮質の体性感覚野で認識されます。
 熱いものや尖ったものを手で触れると、反射的に手を引っ込め身体に傷がつかないようになっています。これは、脊髄が侵害受容器から得た情報を大脳まで伝える前に、筋肉に危機回避を指示したからです。脊髄には痛さ以外の情報を大脳のどこへ送るか振り分ける機能もあり、優れた情報処理の役割をはたしています。痛みを持続時間で分類すると、危険回避のために一回だけ警告反応として出現するもの、炎症反応、手術侵襲で一定期間のみ出現する急性痛、関節リウマチや帯状疱疹後神経痛など3ヶ月以上続く慢性痛と三つに分類されます。舌痛症は慢性痛に該当することになりますが、他の慢性痛を起こす疾患との比較や、痛みが大脳でどのように認識されているのか、これらは次回お話しします。
posted by ナカバヤシジビカ at 08:13| Comment(0) | 新着情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする