2019年07月14日

高齢者のメンタルヘルス

 先日、精神神経学者の浅野弘毅先生の高齢者メンタルヘルスの話を拝聴しました。高齢者をめぐる心の問題は身近で切実な場合が多く、関心の高いテーマですのでご報告いたします。まず、英語のhealthは健康と訳されますが、中国古代「易経」の健体康心が由来で、体が健やかで心が安らかな状態を指しています。つまり、昔から健康には身体ばかりでなく「心」も大切であると説かれているのです。

 高齢者のうつ病ですが、その発症要因には1)脳血流障害、2)身体疾患、3)喪失体験(配偶者の死など)、4)孤独、5)性格傾向(真面目で頑張り屋の良い人)、6)女性に多い(7対3)などがあげられます。うつ病の症状は次の通りです。理由なしに、憂うつ感、悲哀感が起こる。全身倦怠感、違和感を伴い、自発性を失う。朝に中々起きられず、食欲もなく、全てが億劫になる。思考も行動も抑制され、自信を失い無口になり、人を避ける。さらに症状が進むと、睡眠障害、決断力・行動力の低下、笑顔が消え表情が乏しくなります。本当に見ていられないような変化ですね。そして、次第に考え方が悲観的、絶望的になり、些細なことで悲しくなり、他人に迷惑をかけていると思い込みます。例えば、郵便ポストが赤いのは自分のせいであり悪いことをしている、という思考になります。うつ病は食欲不振、体重減少、性欲の減退、頭痛、めまい感、便秘などの体の症状が前面に出ることもあり、体の病気と勘違いされることもあります。うつ病の経過は概して良好ですが、心気症状、強迫症状、統合失調症様症状を帯びた場合や、高齢者や脳動脈硬化症でも病相が長引いて、経過はあまり良くありません。高齢者の特徴は、心気的な訴えが多いことです。例えば、自分が不治の病に侵されていると思い込み、医師や家族をはじめ誰の言葉にも耳を貸さなくなります。また、在業妄想、貧困妄想など正常であれば想像もしない考えに支配されてしまいます。そして、自死を図ることもあります。若い人のリストカットとは異なり、迷いなく確実な方法を取ることが高齢者の自死の悲しい事実です。うつ病の治療には1)休養(仕事や社会活動の停止)、2)薬物療法(高齢者は副作用に注意)、3)日常生活の助言、4)カウンセリング:その内容は「今の状態が病気であり怠惰なためでないことを告げ、休養させ、治療で良くなることを強調し、本人の抱える重大な決断は先送りにする」と要約されます。5)家族の協力:まずは皆で病気を理解し、早く良くしてあげようと周囲が焦るのではなく、本人の意向を重視するという態度で見守ることです。

 次に、認知症のお話です。認知症の出現率は65歳以上の15.7%、462万人に及んでいます。その症状は1)記憶の障害(もの忘れ):新しい記憶が障害され、古い記憶は保たれる、2)見当識の障害:時間、場所、人物の順で障害される、3)判断力の低下:例えば道に迷っても、人に尋ねたり交番に行ったりという解決法を取らず、ひたすら歩き回る、4)日常生活に支障を来している、などにまとめられます。これらを中核症状と呼び程度の差はあれ患者さん全てにみられ、背景に神経細胞の脱落に伴う能力の喪失があります。そして中核症状の辺縁には様々な行動・心理症状があります。妄想、幻覚、睡眠覚醒リズム障害、食行動異常、抑うつ、不安・焦燥、介護抵抗、暴言・暴行・攻撃性などに分類されます。介護抵抗に関しては、例えば何のために連れてこられたか分からずに、知らない人に衣服を剥がされ浴槽につけられようとすれば、誰でも必死で抵抗するでしょう。認知症ではこの反応が毎回起きてしまうのです。このように多彩な行動・心理症状ですが、出現しない人もいて個人差が大きいです。
 ここで認知症とうつ病の違いを見ていきましょう。まず性格ですが、うつ病が真面目な方が多いのに対し、認知症は一定しません。本人へ症状の質問をすると、うつ病ではくどく過大で答えるまで時間がかかるのに対して、認知症は症状を軽く言ったり否定したりして、深く考えずに即答します。時には面白い言い訳を言ったりします。「今日は何月何日ですか」という質問に「今朝は新聞読まなかったから分からない」などとかわします。そして、認知症には身体症状の訴えは少なく、自死傾向も非常に少ないです。認知症の見分け方に簡単な2つの質問があります。それは、生年月日と自分の年齢を言ってもらうことです。生年月日は古い記憶なので保持されますが、年齢は毎年増えるので間違いやすく、これが不正解ならば認知症を疑うことになります。
 認知症は原因別に分類され、アルツハイマー型認知症は最も多く66%を占め、高齢、女性が危険因子となっています。2位が血管性認知症で20%を占め、高齢、男性、脳血管障害・高血圧症・糖尿病などが危険因子です。3位はレビー小体認知症で6%程度であり、転倒しやすいなどパーキンソン症状が特徴です。さて治療ですが、薬物療法単独では有効とはいえず、非薬物療法(回想法や音楽療法など)や適切なケアも取り入れています。認知症は予防が有効であり、アメリカ国立衛生研究所が推奨しているのは、1)2型糖尿病のコントロール、2)高血圧と脂質異常症の改善、3)望ましい体重の維持、4)社会交流と知的活動、5)運動の習慣、6)果実と野菜の多い健康的な食生活、7)禁煙、8)うつ病の治療(合併している人で)、になります。

 認知症の人は知的機能の統合する「私」が次第に崩れつつある中で、懸命に不自由を乗り越えようとしています。昨年11月に日本認知症ワーキンググループが認知症本人による「認知症とともに生きる希望宣言」を発表し話題になりました。そして法整備(認知症の人基本法)に向けて、安部首相との懇談も行い、認知症の人の人権の明記と社会の中でより良く暮らせる条文の制定に取り組んでいるところです。
posted by ナカバヤシジビカ at 15:10| Comment(0) | 新着情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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