2019年05月01日

令和を迎えて

令和が始まりました。そこで、私なりに身近な元号生まれの方々の印象を一言ずつコメントしたいと思います。
「明治は遠くなりにけり」の明治は完全に歴史の中の一時代という認識になりました。私が研修医の頃は明治生まれの患者さんが80代でちらほらいらっしゃいました。当時は長寿のシンボルで歴史の生き証人でした。
大正生まれの方は各界の重鎮として存在していたというイメージがあります。この世代の方は真っ先に戦争に狩り出され、生命・財産への影響を最も強く受けたと思います。
昭和初期生まれは子供時代が戦後の混乱期にぶつかり、時代に翻弄された体験をもつため、独自のカラーをもつ方が多いと思います。リアリスト、ロマンチスト、仕事人間など自分のスタイルをお持ちでした。
昭和中期生まれは青少年時代に高度経済成長期をむかえ、右肩上がりの社会の勢いに乗り成長しました。その分ジェネレーションギャップも激しく、外との摩擦や内なる矛盾を抱えつつ荒波を乗り越えてきました。いまや中年となり、各界で重要な役割を担っています。
昭和後期生まれは日本の社会が安定し、成熟期へ移行したので子供時代は平穏だったかと思います。しかしその平穏はバブル崩壊で破られます。まず就職難の洗礼を受け、その後は経済停滞で生じた閉塞社会へ適応するしかありませんでした。それ故に、価値観が多様化して個人主義が最も進んだ世代かもしれません。
平成初期生まれはまだ20代の若者です。ピラミッド社会を見上げるように裾野を歩いていますが、これから頭角を表していくことでしょう。令和の時代を形作るエネルギープラントと見なされます。これ以降の世代は未分化なので、おそらく令和より先の時代で開花することでしょう。
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2016年02月01日

妖怪発掘絵師のお見送り

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  昨年11月に逝去された水木しげるさんのお別れ会が東京の青山葬儀場で営まれました。所用で東京に来ていて会の事を知り、帰り道に青山に立ち寄り献花いたしました。水木さんは不気味な妖怪を通じて様々なメッセージや笑いを送り続けた稀有にして偉大な作家だったと思います。またその人柄は皆に慕われ、喪主の布枝夫人、弟子の荒俣宏さんらのご挨拶の中には別れの辛さが痛切に込められていました。寒い中待ちましたが、主催者の心温かい気遣いで、悲しくも楽しいお別れ会でした。弔問した著名人の名入りの木札が葬儀場の通路の壁を埋め尽くしていました。献花した後にスタッフが人々へ配ったカードには、鬼太郎やねずみ男と共に絶筆が記されていました。
  「好きなことをやりなさい 水木しげる」
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2015年10月26日

勇気と信念の造形作家ニキ

 ニキ・ド・サンファルというフランスの女性アーティストをご存知でしょうか。いわゆるウーマンリブに先駆けて1950〜60年代より、封建的社会に反抗し女性の自由と新しい女性像を過激な色彩と常識を超えた表現で追求した開拓者的な造形作家です。例えば、人間や鳥、壊れたおもちゃなど様々なオブジェを埋め込んだ巨大な白い石膏の壁を屋外に設置し、ペンキの入った缶を壁面にたくさん吊るし、それを彼女がライフルで打ちまくり飛び散るペンキが鮮烈な色彩を奏でます。大勢のギャラリーを従えたパフォーマンスで、ニキ31歳の時の射撃絵画という斬新な作品です。
 また、「ナナ」という太めでカラフルな水着を着たキャラクターを創造し、絵画や大きな彫像などで女性の複雑な感情をダイナミックかつコミカルな造形で表現しています。ニキの作品や生き方に深く共鳴し作品を収集しついには、最大の理解者、パトロンとなった日本人女性がいました。増田静江、通称「ヨーコ」でした。ニキとヨーコの交流は無神教だったニキの作品に仏教哲学の色合いを生じさせ、晩年の深みのある作品群を創出させました。

ニキ・ド・サンファル展:国立新美術館、12月14日まで開催

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posted by ナカバヤシジビカ at 08:28| Comment(0) | 院長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする